最高裁判所第一小法廷 昭和27年(あ)2319号 決定
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
「本件における刑法九六条の故意は、仮処分の執行の効用を失わしめる事の認識をいうのである。そして原判決の肯認した第一審判決は、被告人が公示札を単に物質的に損壊し若しくは取去つた事実又は工事続行禁止の仮処分命令に違反した事実を犯罪事実として認定しているのではなく、本件公示札が未だ床も張つてない未完成建物内の土間に立ててあつたのに、被告人がほしいままに工事を進行させ床を張り住宅として竣成させ以て仮処分の目的物たる建物について実施された仮処分執行の結果執行吏の取得した占有を侵し、右公示札の効用を滅却した所為を犯罪事実として認定したものであつてもとより正当であるから、所論本件被告人の公示札撤去行為の有無又は公示札の表示している仮処分命令の内容に関する被告人の誤信の有無は、本件犯罪の成立には何ら影響を及ぼす事柄ではなく、また、本件建物が仮に所論のように吉田新一の占有に属するものであつたとしても、執行吏がこれを本件仮処分の被申請人たる被告人の占有に係るものと認めて仮処分手続を行つたものである以上、右手続は、その取消がなされない限りは、法律上有効と認むべきことは原判決説示のとおりであつて、従つてその有効な仮処分の執行の効用を失わしめる本件所為が本件犯罪を構成するものであることは当然といわなければならない。よつて、原判決には所論の違法も存在しない。
(説明)事案は、未完成の建物収去土地明渡の仮処分事件において被申請人の占有を解いて執行吏の保管に移す旨の決定に基いて執行吏が右建物内の土間にその旨の公示札を立てて建物を保管中、被告人は弁護人の意見をきいて、建物の建築工事を続行することは仮処分の禁止に反しないと誤信して、請負人をして建物に立入り工事を続行させたものである。本判示は、後段において仮処分命令の内容に関する被告人の誤信は本件犯罪の成立に何ら影響がないとしているのであるがこの点は甚だ問題であり、むしろ、上告論旨のいうように、右は非刑罰法規の錯誤の問題であり、たとえ刑罰法規の錯誤は故意を阻却しないという判例の立場を採るにしても、この場合は故意を阻却するものと解するのが相当ではなかろうか。のみならず、この判示部分と冒頭の「刑法九六条の故意は、仮処分の執行の効力を失わしめることの認識をいう」とする立言と矛盾しないであろうか。